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第435号 1994(H6).01発行

Click here for PDF version 第435号 1994(H6).01発行

 

 

変革への挑戦

チッソ旭肥料株式会社
常務取締役 吉田 俊郎

 明けましておめでとうございます。年頭にあたり,本年が読者の皆様方に実り多い年でありますよう,心よりお祈り申し上げます。

 昨年は,政治面では38年振りの政権の交代,経済面では底割れさえ懸念された3年続きの景気の低迷等,非常に厳しく,混迷の一年でありました。とりわけ私達が関係する農業環境は,夏の長雨,風水害による畑作物の記録的な被害,冷夏による水稲の未曽有の不作等,近年にない厳しい事態、に追い込まれました。
 多大の被害を被られました皆様方に心よりお見舞申し上げます。

 さらには,ガット・ウルグァイ・ラウンドの結着によるミニマム・アクセスの受入れが決り,歴史的な転換年となりました。
 転換の先行きを見通すことは困難でありましょうが,一昨年に策定されました,「新しい食料,農業,農村政策の方向」にもとづき,具体的な施策の展開が図られることと思います。農業に携わられる皆様方の幸につながることを前提とした,競争力の強化,ものを作ることの大切さ,自然への慈しみを大切にする施策が望まれます。

 ご承知のように,弊社は長年の開発努力をふまえ,時代を先取りした機能商品を販売しております。肥料成分の溶出がコントロールされ,“環境にやさしい肥料”として評価をうけております「LPコート®」,「ロング®」をはじめとして,緩効性窒素肥料「CDU®」,泡状化成肥料「あさひポーラス®」,打込み肥料「グリーンパイル®」,育苗床土資材「与作®」等々であります。

 私達としましては,引き続き商品の改良に取り組み,農業に求められる技術的な要請におこたえする努力は勿論でありますが,さらに,新しい時代を迎える農業について,技術変革をもたらす肥料,資材の開発,使用技術の開発に取り組む所存であります。

 昭和44年発刊以来,「農業と科学」は今年で4半世紀を迎えることになり,更に一層,創意工夫をこらし,紙面の充実を図りたいと考えております。
 「農業と科学」が私達とのコミニュケーション,皆様方の情報ソースとして,いささかなりともお役にたてれば幸いです。

 皆様方のご多幸とご繁栄を心からお祈り申し上げ,新年のご挨拶とさせていただきます。

 

 

愛知県における水稲の全量基肥施用法

愛知県農業総合試験場作物研究所
技師 今井 克彦

Introduction.

 近年,水田農業の経営規模拡大及びほ場の大区画化が進むに従い,省力・低コスト生産技術の開発に対する農家からの要望は極めて強い。施肥技術については,施肥作業の効率化,施肥量の節減等が望まれ,追肥・穂肥を一切省略した全量基肥施用法の開発に対する期待が大きかった。

 平成5年度より愛知経済連から「ひとまきくん」のペットネームで市販された全量基肥用肥料は,出荷量からの推定で,市販初年目にして本県の水稲作付面積の約8%を占め,現地の期待の大きさが窺える。以下,本県における本技術の開発までの歩みと特徴を述べる。

全量基肥施肥法の開発

 愛知県における被覆タイプの肥効調節型肥料を使用した試験は昭和53年に始まった。当時は追肥の省力化を目的としており,必ずしも全量基肥施肥を目指したものではなかった。その後,肥料の溶出が長く持続するタイプが開発されるに至って,全量基肥施肥の試験を本格的に取り組んだのが昭和63年である。

 しかし,暖地では,肥料の溶出が放物線を描くタイプの肥料だけでは,生育初期が過繁茂になる傾向があった。その欠点を取り除いたのがシグモイドタイプの肥効調節型肥料であった。一方,地力窒素発現量の推定法とこれを基本とした施肥診断システムの開発によって,窒素肥沃度が異なる現地ほ場においても適正な施肥診断を行うことができるようになった

 こうして,LPS100あるいはLPSS100を用いて,「コシヒカリ」,「葵の風」,「あいちのかおり」等の品種について,実用化を目指した現地試験を実施することとなった。平成3年,県内の普及所,経済連,農協の協力のもと,試験展示ほ場を設置した。さらに,平成4年には肥料の配合割合を極早生用,中生用の2種類にしぼり,県下の全農協で普及展示ほを設置した。

 現地展示ほ場を設置するに当たっては,土壌分析結果を基にした施肥診断によって適正施肥を徹底し,慣行施肥体系と比較することにした。そして,平成4年12月の愛知県施肥防除協議会で検討の結果,次の内容で平成5年からの市販化が決定された。

◎早生用(ひとまきくん2号)
 LPSS100:LP70:速効性窒素=6:3:1
◎中生用(ひとまきくん1号)
 LPSS100:LP140:速効性窒素=5:3:2

 それぞれ全層施肥用(N-P2O5-K2O=14-10-14)と側条施肥用(同18-12-13)がある。

全量基肥施肥に使用する肥効調節型肥料

 現在,多数のメーカーで溶出パターンの異なるものが次々と開発・市販されているが,多くは肥料成分を高分子樹脂などを使ってコーティングし,肥効を調節している。全量基肥施用に適した肥料として,つぎの条件が挙げられる。

①窒素の肥効が長期に持続すること。
②土壌微生物,pHによって,肥効が影響されないこと。
③温度による肥効の変化が小さいこと。
④肥効が理論的に推定できること。
⑤耕起,代かきによる破損がないこと。

 溶出パターンから肥効調節型肥料を分類すると,二種類に大別できる。一つは,施肥直後から徐々に溶出するタイプ,もう一つは,一定期間は溶出せず,それ以後急速に肥効が現れるシグモイドタイプである。

 前者は,地力窒素の補完となり,地力窒素現量の少ない水稲の生育前半期の60~70日間は溶出が持続する必要がある。後者は穂肥としての役割を果たし,水稲の穂肥施用時期に合った溶出をする必要がある。例えば,溶出の立ち上がりが早すぎると,過繁茂,倒伏を助長し,逆に遅すぎるともみの退化や玄米窒素濃度の増加を招いてしまう。

窒素肥沃度の診断

 全量基肥施用栽培では生育途中での減肥修正が不可能である。また,水稲が生育期間中に吸収する窒素の60%程度は地力窒素といわれる。したがって,地力窒素発現推定量を基に肥料の選択と施肥量を決定することが大切である。本県では地力窒素発現量は,速度論を応用して,土壌の全窒素含量及び生土培養窒素発現量(30℃ 4週間静置培養法)を用いて,地温をパラメータとして推定している。

 平成4年に行った現地展示ほ場について水田土壌の窒素肥沃度を調査したところ,全窒素含量で約0.08~0.2%,培養窒素量で約2~6mg/100gの範囲に含まれていた(表-1)。

 そこで,実際の分析値を用いて窒素肥沃度の違いをみるために,コシヒカリの作付を想定して,生育期間中の窒素発現量を推定したのが図-1である。地力窒素はほぼ100%吸収されると考えると,幼穂形成期での吸収量は最適窒素吸収量を越えるほ場から,かなり足りないほ場まであることが理解できる。

肥効調節型肥料からの窒素溶出率の推定

 次に,肥効調節型肥料からの窒素成分の溶出率を推定することが必要である。
 肥料からの窒素の溶出は,地温が25℃で一定の場合,LP140は140日間に80%溶出し,LPSS100は45日間はほとんど溶出せず,その後55日間で80%溶出する。これらの溶出期間は地温に左右され,低温になれば遅く,高温では早くなる。

 そこで,肥効調節型肥料の場合も地温をパラメータに,速度論を応用して窒素溶出パターンの推定を行った。肥料からの溶出率の実測には,次の方法を用いた。まず肥料と土壌を混和して不織布(市販のお茶パック)に充填し,ほ場へ埋め込んだ。その後一定間隔で採取し,肥料に残存する窒素量をケルダール法で分析し,差し引き計算で溶出率を求めた。地温の影響は,埋め込み時期を変えることによって調査し,この結果を用いて推定式を作成した。

 求めた推定曲線を,平成3年に弥富町で行ったコシヒカリの早期栽培の調査結果に当てはめると,図-2のようになった。この場合,施肥後LPSS100から窒素が溶出し始めるまでには60日以上を要したことになる。

 この推定式で地温の影響を試算したのが,図-3である。施肥後1℃高温あるいは低温で推移した場合,LPSS100からの窒素の溶出が立ち上がるのは前者で3日早く,後者で5日ほど遅くなると推定できた。

全量基肥施肥の施肥診断

 市販肥料の施肥診断を簡便に行うために,土壌分析値から施肥量を一目で読み取ることのできる施肥量診断表を作成したのが,表-2である。つまり,該当する全窒素量と培養窒素量の交差するところの数値が,10a当たりの施肥量である。

 あいちのかおり,葵の風の場合は,成熟期における最適窒素保有量を,コシヒカリは倒伏を回避するために,幼穂形成期の最適保有量を目標に診断表を作成した。診断例を図-4に,表-3には現地試験の結果の一例を示した。収量は慣行と同程度であったが,一穂もみ数が多く,千粒重がやや軽くなる傾向が認められた。

 土壌分析値が無い場合,一応の目安として慣行法の一割減とする。例えば,基肥に穂肥を加えた窒素量が10a当たり10kgであれば,9kgとする。ただし,健全な生育をさせるには,あいちのかおり・葵の風では5~9kg,コシヒカリでは3~7kgの範囲とする。

全量基肥栽培における生育相

 全量基肥施用を初めて行うと,葉色による栄診断にとまどう。図-5に葉色の推移を調査した一例を示した。速効性肥料による分施栽培と比べると,生育初期の葉色は薄く,分げつ期以降に色がではじめる。最高分げつ期から幼穂形成期にかけての低下は小さいため,まわりの水田より濃くなる。

 しかし,穂肥施用適期から出穂期にかけては,穂肥施用した場合より薄く推移する。この時に葉色がまわりの水稲に比べ薄いからといって穂肥を施用すると,やがて肥効調節型肥料からの窒素の溶出と重なり,いつまでも葉色が落ちず,二段穂が発生したり,玄米窒素濃度を高めてしまう。

 分施の場合,穂肥施用後3~4日で葉色に肥効が現れるが,全量基肥では,窒素の溶出が緩やかなため,実際の立ち上がりから,葉色に現れるまで7~10日かかる。初めて実施したほ場では,この時期に穂肥施用を我慢できるかがポイントとなる。

 また,肥効特性を反映して,出穂期で1~2日,成熟期で2~4日遅れるが,有効茎歩合が高く,稈が丈夫で倒伏には強い。

Conclusion

 新しい技術といえば,とかく増収技術とみられるが,本技術はあくまでも省力技術として位置づけている。しかし,図-6に示したように現地では増収した事例も多い。新技術の普及によって,慣行技術の見直しが進み,結果的に増収することは期待できる。

 また,肥効調節型肥料の肥効は,速効性肥料とは異なり,その溶出特性から水稲による利用率が90%程度と考えられる。したがって,全量基肥施用法は,施肥窒素の玄米収量に対する生産効率も慣行施肥に比べて高く,省資源,環境保全的な意味からもすぐれた施肥法でもある。

 全量基肥施用栽培の普及を通じて,施肥診断の必要性の啓蒙を図っているが,その基礎データとなる地力窒素発現量を更に簡便に推定できる手法の開発を行っていく予定である。

 

 

LPコート肥料を用いた水稲品種
ヒノヒカリの全量基肥施肥法

大分県農業技術センター
研究員 冨満 龍徳

Introduction

 近年の社会情勢の変化に伴い,農業においても省力化及び環境負荷の低減が求められている。このような状況に対応する水稲の肥培管理技術として,緩効性肥料による全量基肥栽培が注目されている。そこで今回の報告では,中生の良食味品種として西南暖地を中心に広く栽培され,本県においても主力品種となったヒノヒカリを用いて,普通期栽培における緩効性肥料による全量基肥栽培を行なった試験結果について紹介する。

2. Testing Method

 普通期のヒノヒカリに対する全量基肥栽培の試験は,1991,1992年に場内水田圃場(細粒灰色低地土)で行なった。緩効性肥料には,窒素成分の80%をLP100で含有し,残りの窒素成分20%及びりん酸,カリを通常の速効性肥料で含有するもの(以後,LPD80),同様に,窒素成分の40%,50%,60%をLPSS100で含有するもの(以後,LPSSD40,LPSSD50,LPSSD60)及び,窒素成分の50%をLPSS100で含有し,カリ成分にも緩効性のものを含むもの(以後,LPSSカリコート)の5種類を供試した。なお,各肥料とも窒素,りん酸,カリ成分はそれぞれ14-14-14%を含有する。

 さらに,対照として本県の施肥基準に基づいた通常の高度化成肥料による栽培(以後,標準施肥)を行なった。また,施肥窒素の利用率を算出するために無窒素区を設けた。なお,緩効性肥料の施肥は,標準施肥の窒素成分量(9kg/10a)の約1割を減肥(8kg/10a)し,代かき前に全量を施用した。

3.LPコート肥料の圃場埋め込み試験結果

 1990年にLP100及びLPSS100の圃場埋め込み試験を行なった。その結果,LP100は埋め込み直後から窒素の溶出を始め,80%溶出するのに約70日かかり,LPSS100は埋め込み後約40日頃から窒素の溶出を始め,80%溶出するのに約80日かかった(図1)。この埋め込み試験結果を基に,施肥窒素の供給パターンの推定を行なった(図2)。

 この結果から,LPD80は被覆窒素の一部と,20%含有する速効性窒素部分が施肥直後から溶出を始めるため,LPD80に含有される窒素の約70%が施肥後35日までの間に溶出することになる。このため,LPD80区では標準施肥区に比べ生育初期の窒素の供給量が多くなり,逆に穂肥期以降の生育中~後期における窒素の供給量が標準施肥区より少なくなることが推測された。

 一方,LPSSD50では含有される50%の速効性窒素が施肥直後からまず溶出し,基肥としての役割を担うとともに,被覆窒素の溶出は穂肥とほぼ同時期に始まるため,標準施肥に近い窒素の供給が可能になるものと推測できる。

4.生育及び収量調査結果

 窒素の溶出が施肥直後から始まる被覆窒素を含有するLPD80では,埋め込み試験により推定した窒素の溶出パターンを反映して,幼穂形成期までは稲体窒素濃度が高く推移し,生育も旺盛であった。しかし,それ以降の窒素供給量が不足するため,標準施肥区と比べ収量及び千粒重の低下が認められた。

 一方,窒素の溶出が施肥後約40日頃から始まる被覆窒素を含有するLPSSD40,D50,D60及びLPSSカリコートでは,窒素の溶出パターンが標準施肥区とほぼ類似するため,これらの肥料を用いた区では,稲体窒素濃度は標準施肥区と同様の推移を示した。

 収量は標準施肥区と比べ,被覆窒素の含有量が少ないLPSS40%区でやや減収したが,他のLPSS区ではほぼ同等であった。被覆カリを含有するLPSSカリコートではLPSSD50に比べやや増収し,緩効性のカリの効果が若干認められた。

 しかし,被覆カリを含有しないLPSSD50でも標準施肥と同等の収量及び品質が得られるため,漏水の激しい中粗粒質の保肥力の低い土壌等を除いては,通常カリの被覆は必要ないものと思われた。

 施肥窒素利用率は,LPSSD60区が最も高く,次いでLPSSD50とLPSSカリコート区,LPD80とLPSSD40区の順となり,標準施肥区の利用率が最も低くなった。さらに,LPSS100の含有率が高い区ほど利用率が高くなる傾向が認められた。

 全ての緩効性肥料区で標準施肥区に比べ施肥窒素の利用率が10%以上高い値を示した。このことから,緩効性肥料の利用による標準施肥窒素量の1割減肥が可能であることが確認された。

Summary

 本県における普通期ヒノヒカリの全量基肥栽培におけるLPコート肥料としては,生育,収量の面から標準の施肥体系に近い窒素の供給パターンを示すLPSS100を含有するものが最も適していると思われた。この時のLPSS100の含有率としては,40%以下では緩効性部分が不足する恐れがあるため,50%または60%が適当であると思われた。

 また,施肥窒素吸収量及び利用率から判断すると,土壌の肥沃度等の条件にもよるが,通常標準施肥窒素量に対して1割以上の減肥が可能であり,環境負荷の軽減対策としても期待できると考えられた。